スペースデブリ問題を解決し、宇宙と地球を持続可能に
GPSや気象観測をはじめ、我々の生活になくてはならない存在である人工衛星。その衛星軌道上には廃棄された衛星やロケットの破片といったゴミ(=スペースデブリ)が溢れつつあり、このまま手を打たなければ、我々の生活も人工衛星がなかった1960年代の水準に逆戻りしかねないーーそんな危機的状況を打開すべく、軌道上サービスの実現に取り組む世界初の民間企業が株式会社アストロスケールホールディングス(以下、当社)です。グループを率いる創業者兼CEOの岡田光信氏とCFOの松山宜弘氏に、これまでの歩み、三菱UFJキャピタル(以下、MUCAP)との関係性、今後の展望についてお聞きしました。
現在に至る経緯
~ ミドルライフクライシスをきっかけに起業
英語でインタビューを受けるときには、幼い時はアベレージボーイだったと話すのですが、特に好きなものもなく、やりたいこともないという子どもでした。幼稚園の園長先生に、たいていの子はキラッと輝く瞬間があるものだけど、岡田くんはこれからだねといわれたことをはっきりと記憶しています。
転機になったのは高校生のとき、NASAのスペースキャンプに参加したことです。日本人宇宙飛行士の毛利衛さんにもお会いし、直筆のメッセージもいただきました。この体験でスイッチが入り、それからは猛烈に勉強しました。大学卒業後は大蔵省(現財務省)に入省。その後、大手コンサルを経て、IT企業の経営に携わっていましたが、40代直前で急に自信を失ってしまいました。この頃はソフトウェアを開発し、世界に向けて販売するビジネスを手掛けていたのですが、世界では勝てないと悟りました。ハードとソフトをセットにすれば勝ち筋があるのではないかと、いろいろ調べました。ちょうど3Dプリンターが興隆してきた頃で、これはと思ったのですが、3Dプリンターの成果品は美しくないとも感じていました。
そんなある日、YouTubeで精密コマの動画を見て、これは美しいと感じ入りました。すぐさま製造している会社にアポをとって見学に行ったら、JAXAに部品を卸している会社だったのです。その部品を見せてもらったら、やはり美しい。これをぜひやりたい、宇宙かもしれないと思い、宇宙関連の論文を読みまくり、学会に出席している中で、スペースデブリの問題に行き当たりました。そして、まだ誰も解決策を持っていないということを知り、その1週間後に創業したのが当社です。
三菱UFJキャピタルとの出会い
~ シリーズB成立のキーファクター
宇宙ビジネスには膨大な資金が必要です。当社も設立2年後にシリーズAで8億円強の資金を調達した後、続けてシリーズBでの調達に取り組みました。日本最大の官民ファンドに掛け合い、1年をかけた議論で前向きになってくれていたのですが、ある条件を出されました。それは他に新たな民間投資家を連れて来るということでした。当時は、宇宙ビジネスがどう広がっていくのかまだ分からない、という状況だったのですが、そこで入ってくれたのがMUCAPだったのです。MUCAPは設立直後から我々のビジネスや方向性に興味を持っていただき、コンタクトを取り続けてくれていたのですが、正式なお付き合いはこのときにスタートしました。シリーズBが成立したのはMUCAPに入っていただいたおかげです。
その後、MUCAPにはシリーズCにも協力していただきました。これは非常に重要で、既存VCが追加投資に応じるというのは、新しく入る投資家にとって大きな安心材料になります。将来性が高いということの何よりの証左となるわけですから。
シリーズCの後、2017年11月に初の衛星打ち上げが失敗し、やっとの思いで開発した衛星を失うという最大のピンチに見舞われました。ディープテックでは、マイルストーンを着実に積み上げていく中で投資家の理解や信頼を得ていくことが求められるため、これは非常に苦しい状況でした。ですが当時の株主は支援を続けてくれたのです。その中でも既存の投資家であったMUCAPも担当キャピタリストが力を尽くしてくださり、追加投資に応じて頂けたのですが、これは本当に嬉しかったし、当時のチーム全員が感動したものです。結果、その後のシリーズDでは当社として過去最高の金額を集めることができました。
三菱UFJキャピタルとのリレーション
~ 存在自体と波及効果
MUCAPと他のVCの違いとは、私にとっては存在自体と波及効果だと考えています。我々のようなスタートアップは株主から信頼されると一番元気になるもの。逆に株主に信頼されなくなると、経営に集中できなくなってしまいます。その意味で、シリーズBの頃からメンタル面でも我々を支えてくれたのはMUCAPです。特に、世界中を飛び回る私を慮って、健康に気をつけるようにといつも言ってくれたのはMUCAPでした。実際の投資はもちろんのこと、メンタルの面でもMUCAPの存在はありがたかったと今でも思います。
波及効果というのは、宇宙ビジネスは膨大な資金を要するだけに、エクイティだけでなくデット(借入)による資金調達も必要です。そこに関して、三菱UFJ銀行をご紹介いただいたのはMUCAPでしたし、MUCAPにつないでいただいた様々なご縁は、現在、実に大きな支援として我々を支えてくれています。
他にも、上場準備の際には主幹事証券会社を紹介していただくなど、さまざまなかたちでサポートしていただきました。
上場タイミングは諸事情あって2度見直しています。そのときにMUCAPの担当キャピタリストに「上場の前にはすべての企業は平等である」という言葉をいただきました。これは上場前がしんどければその後は楽になるし、上場前が楽ならばその後にしんどくなるという意味だそうです。当時はこれを聞いて『今が大変なのは福作りみたいなもの』と前向きに捉えることができました。そうした、ちょっとした言葉でも勇気づけてくれる、そういう人がいてくれるのがMUCAPなんだと思います。(岡田氏)
上場前というのは、多くの株主がそれぞれの思惑から、いろいろアドバイスやご要望をお寄せになるものです。ですがMUCAPは当社を信頼してくれて、我々がしっかりと考えて出した結論をリスペクトして応援するという基本姿勢がまったくぶれなかった。いろいろなことが揺れ動いている困難な時期に、長きにわたり当社の成長と共に歩んできてくれた株主がサポーターになってくださるというのは、スタートアップにすればまさに値千金です。資金も口も出すというサポートもあろうかと思いますが、逆に何もいわずに尊敬と信頼をもって見守るサポートというのもあるのだなとMUCAPを見ていて感じました(松山氏)
今後の展望
~ 2030年までに軌道上サービスを当たり前のものに
我々は2030年までに軌道上サービスを当たり前のものにするという目標に向けて着実に歩みを進めています。世界5カ国の拠点それぞれに開発チームがあり、多様な案件を受注しています。全容は当社Webサイトの株主向け説明資料に公開していますが、概略をご紹介するなら、来年度からは毎年衛星を打ち上げ、デブリ除去や衛星への燃料補給、衛星の寿命延長といったミッションに向けた実証を行う予定です。また世界各国の政府機関や団体と連携し、宇宙開発に関するルール整備にも取り組み、そうしたさまざまなプロジェクトを同時並行で進めています。
通常の日本のスタートアップは、日本でうまくいったあとに諸外国へ進出するということになると思いますが、スペースデブリの問題はそんなに悠長なことをしている場合ではありません。当社のグローバルな事業展開は一番お金がかかるやり方ではありますが、スピード感を持った対応をしていることは国内外の投資家からポジティブに捉えていただいています。こうした動きをますます加速させていきたいですね。
若手経営者へのメッセージ
諦めたらそこで試合終了、というのはよく言われることですが、まさにそのとおりだと思っています。強い意志を持ってチームを作ればたいていのことはできるもの。諦めずにやっていればアイデアも出てくるし、人も集まってくるし、道も拓けるものだと思います。(松山氏)
考えることと、言うことと、やることを一致させる。これが一番大事だと考えています。でも、この3つを揃えるのは実に難しい。私は今でも毎日のように微修正しています。でも、それをやっていかないと、いつか必ず自分に降りかかってきて、ネガティブな影響を及ぼすと思っています。(岡田氏)
2024年7月 取材
会社名
株式会社アストロスケールホールディングス
https://astroscale.com/ja/
主な事業内容
軌道上サービス
- 衛星運用終了時のデブリ化防止の為の除去
- 既存デブリの除去
- 衛星の寿命延長
- 故障機や物体の観測・点検
沿革
2013年 | 5月 | シンガポールにASTROSCALE PTE. LTD.を設立 |
---|---|---|
2015年 | 2月 | 株式会社アストロスケール(日本)設立 |
2017年 | 3月 | Astroscale Ltd. (英国) 設立 |
2019年 | 3月 | 株式会社アストロスケールホールディングス設立 本社機能を日本に移転 |
2020年 | 2月 | JAXA商業デブリ除去実証(CRD2)フェーズIのパートナー企業に選定 |
6月 | Astroscale Israel Ltd.(イスラエル) 設立 | |
2021年 | 3月 | デブリ除去技術実証衛星ELSA-dの打ち上げに成功 |
8月 | ELSA-dが模擬デブリの再捕獲に成功 | |
11月 | 次世代ドッキングプレートを発表 | |
2022年 | 4月 | ELSA-dが高難度の誘導接近の実証に成功 |
2023年 | 5月 | 本社を移転 |
6月 | Astroscale France SAS(フランス)設立 | |
7月 | 見学施設「オービタリウム」開設 | |
2024年 | 2月 | 世界初のデブリ調査衛星ADRAS-Jの打ち上げに成功 |
6月 | 東京証券取引所グロース市場へ上場(証券コード:186A) |